(26)『日本の健康産業の第一人者』田中恒豊さんが語る 人生の成功法則:お金で動かない人を動かすには

『日本の健康産業の第一人者』が語る 人生の成功法則

本記事は
日本の健康産業の第一人者である
田中恒豊(たなかつねとよ)さん(故人)への
2014年頃からの長期インタビュー(インタビュー当時80歳代)
を書き起こしたものです。

田中さんは、戦後の大きな時代変化のなかで、
日本で初めてのフィットネスクラブを設立された方で
「日本の健康産業の第一人者」として知られています。

今回は、お金をいくら積んでも動かない人を
動かすにはどうすれば良いかがテーマになっています。

時代背景などもお含みのうえ、お読みいただければ幸いです。

現在、大きな変化の時代を迎えていますが、
時代が動くときに、どのような判断を行うべきかといった
考察の参考になると考え、
ご関係者の方のご了解を得まして、記事を掲載いたしております。

毎週土曜日に更新の予定です。

描かないという画家さん

神田の闇市で暴れていた頃、知り合ったある組長さんから、

「お金を山ほど積んでも動かない人間がこの世の中にはいる。
その人間たちを動かすにはどうしたらいいか。今から考えておくことだ」

と言われたことは先に述べた通りです。

多くの人との出会いを通じて、
ヒントのようなものを沢山いただき、
ちょうど後楽園健康クラブの運営に携わっていた頃に、
具体的な答えに行き着きました。それはこんな出来事でした。

後楽園スポーツクラブのオープンに当たり、
会員募集のためのポスターを作成しようということになりました。

ポスターですから、ご覧になった方の心に残り、
健康クラブに入会したいと思わせるようなものでなくてはなりません。

しかし、それはとても難しいことなのです。
きれいなだけではいけませんし、
かといって奇抜なものが好まれるわけでもありません。

著名なデザイナーさんたちが、
候補者にあがったのですが、私にはぴんときませんでした。

なかなか決まらないまま数日が過ぎた頃、
会議の席で、ひとりのスタッフが
ある画家さんの名前をあげて「描かれる絵は素晴らしいのですが……」
と言うのです。

彼の描いた絵のことを聞くとすぐにハッとしました。

昭和52年に、野球選手の王貞治さんが
後楽園球場で通算756本目となるホームランを打ち、
アメリカのハンク・アーロンの755本の記録を破り、
ホームラン世界一を達成します。

それを記念して後楽園は巨大なポスターを飾ったのですが、
その絵を描いた方だったのでした。

王選手がボールを捉える瞬間が描かれ、
全身から発せられる緊張感と瞬発力、
その一打に込められた気迫。

絵には疎い私でも心に残る一枚でした。

彼に描いてもらえれば、普通の人が運動をすることの意味を
伝えるられるポスターとなると思いました。

「王さんのポスターのことはよく覚えています。
彼に描いてもらえれば、
健康を作りあげることの動機付けにつながると思います。
是非お願いをしましょう」

ところが、推薦をしてくれた後楽園のスタッフは顔を曇らせ、

「自分から言いだしておいて何なのですが、
王選手の絵を描いていただく際にも大変でした。
非常にお忙しい方なので……」と言いよどむのです。

話を聞くと、後楽園スポーツクラブのポスターと聞いて、
一番最初に頭に思い浮かんだようなのですが、
恐らく描いてもらうことは難しいと、
これまで名前をあげることを控えていたのでした。

それでも相談をしないことには始まるものも始まりませんので
「一度依頼に行ってみてください」とお願いをしたのです。

画家の気持ちを動かした言葉

数日後、肩を落としたスタッフがやって来ました。

その様子で断られたことは容易に想像ができました。

「やはりダメでした」と言うスタッフに、
どんな様子だったのかを聞くと、
「後楽園スポーツクラブのポスターを
お願いしますとお伝えしましたところ、
すぐに『ご覧の通り忙しくてご期待にはそえません。お引き取りください』と。

手に筆を持って、今まで仕事をされていたような姿でした。
一刻も早く仕事に戻らなくてはという雰囲気で、本当にお忙しいようでした」

「相談をした時には、お金の話になりましたか?」
と聞くと、スタッフは
「『いくらお金を積まれても出来ないものは出来ません』
と取り付く島もありませんでした」と言います。

そう聞いたときに、その人と一度会って話をしてみたいと思いました。
そしてなぜだか、私が行けば描いてもらえるような気持ちが湧いてきたのです。

そして、「私が相談に行ってみたいで
もう一度アポイントメントをお願います」
とスタッフにお願いをしました。

数日後、うかがった工房は、
絵の具の香りが染み着いて、健康クラブとは全く違う世界でした。

門外漢の私には、部屋の様子が珍しく、大小の筆や画紙を興味深く見ていました。

その時にふと、この世界には
この世界の価値観があることに気が付いたのです。

「お待たせしました」と画家さんが部屋に入ってきました。
そして椅子に座って対峙するなり、固く腕組みをして、

「田中さん、先日お越しいただいた方にも
お伝えをしたのですが、私の手元が今非常に忙しいのです。
わざわざお越しいただいて申し訳ないのですが、
今回はご縁が無かったとあきらめてください」

と、お断りの口上から始まったのでした。

しかし、言外の雰囲気からは、
ただ忙しいということで断っているわけではなく、
「いい加減な作品を作ることはできない」
という職人気質が感じられました。

「今回私が参りましたのは、
どうして描いていただきたいのかをお伝えしたかったからです。

今、日本は経済的にも豊かになり、その勢いは、
遠からず欧米に迫ることになるでしょう。

私はアメリカで、機械文明の恩恵を受けた生活がもたらす影響を
見てきましたが、志のある人たちは健康クラブで体を懸命に鍛えています。

日本にはそうした施設がまだまだ少ないのです。
私は後楽園スポーツクラブを、健康産業普及の起爆剤としたいと考えています」

健康クラブの意義、そして日頃考えていることが、
中心軸から言葉となって飛び出しました。

すると、画家さんが組んでいた腕をほどきました。

そこで私は話を続けたのです。

「描かれた王選手のポスターを拝見しました。
王選手の日々の過酷なトレーニングが花開く一瞬が
絵の中に込められているようにお見受けしました。

スポーツ選手がトレーニングをすることは、もちろん重要です。
しかし、スポーツ選手ではない一般の方が
運動をすることが今後の国の発展に影響があると思うのです。
あなたの絵には、心を奮起させる力がある。
他の方の絵ではダメなのです」

とそこまで言いますと、

画家さんは「うーん」とうなりましたが、しばらくして、

「分かりました。描きましょう。
実は健康クラブというものが何をするところかよくわからなかったのです。

学校の体育の授業に毛が生えたようなことを
やるのだろうと思っていたのです。

田中さんがそこまでおっしゃるのでやろうという気持ちになりました」

とポスターを描くことを了承してくれました。

手渡された2枚のポスター

それから、数週間後、
画家さんは一枚の絵を手渡してくれました。

それは老若男女さまざまな人たちが、
マシーンを使って運動をしている絵でした。

楽しそうに運動するというよりも、
ひとりひとりが自分自分に向かい合っている印象で、
一枚の絵でこれほど健康クラブの本質を捉えることが
できるものなのかと驚いたものです。

このポスターをきっかけに健康クラブに入会してくれた人もいて、
ねらい通りに効果を発揮してくれました。

そしてもう一枚、子供たちがプールで元気よく遊ぶ絵を
「これは田中さんに」と言って渡してくれました。

後楽園スポーツクラブにはプールも併設されていて、
画家さんはそのことも知っていたので、
依頼のポスターとは別にもう一枚描いてくれていたのでした。

一枚も描かないと言っていた人が結局は二枚描いてくれました。

お金で動かない人をうごかすには

お金で動かない人を動かすにはどうしたら良いか。

抽象的な言い方になりますが、
それは、自分自身の生き方・中心軸を常日頃から意識しておくということです。

人を動かすためには「このように言えば良い」
という言葉があるのではなく、
その人自身の生き方・中心軸からわき上がる言葉が人を動かすのです。

中心軸というのは、その人、個人の哲学と言い換えても良いかもしれません。

行動の判断基準はどこに定めるかということです。

そして、日々の考え方が自分の中心軸から
外れないように注意する必要があるのです。

自分の生き方・中心軸を定めるのは簡単なことではありません。

考え、行動して、失敗して、
そのうえでさらに考えてということの繰り返しのなかで
少しずつ出来上がっていくものです。

迷いが生じた時に立ち返れる生き方・中心軸があることはなによりも心強いことです。

(次回へ続く)

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