(18)『日本の健康産業の第一人者』田中恒豊さんが語る 人生の成功法則:「お客様の第一号は自分である」

『日本の健康産業の第一人者』が語る 人生の成功法則

本記事は
日本の健康産業の第一人者である
田中恒豊(たなかつねとよ)さん(故人)への
2014年頃からの長期インタビュー(インタビュー当時80歳代)
を書き起こしたものです。

田中さんは、戦後の大きな時代変化のなかで、
日本で初めてのフィットネスクラブを設立された方で
「日本の健康産業の第一人者」として知られています。

今回はアメリカで出会ったスポーツクラブの事業についてと
トレーニングマシーンへの考察から
ビジネスの本質について語っています。

時代背景などもお含みのうえ、お読みいただければ幸いです。

現在、大きな変化の時代を迎えていますが、
時代が動くときに、どのような判断を行うべきかといった
考察の参考になると考え、
ご関係者の方のご了解を得まして、記事を掲載いたしております。

毎週土曜日に更新の予定です。

2つの失敗からの方針転換

私は弁当屋と掃除会社の2つの計画失敗から
考え方を切り替えることにしました。

それはアメリカで一旗あげようとすることから、
アメリカで学んだことを日本で生かすということでした。

そして、ある時に
「そういえばアメリカに来てからサウナに一度も入っていない」
と思ったのです。

日本にサウナができたのは昭和26年(1951年)で、
東京温泉が最初であったかと思います。

当時のサウナは熱い蒸気が出ている小さな部屋程度のもので、
衛生的に問題があったのか発酵したような臭いがしており、
最初は好きにはなれませんでした。

人に勧められたこともあって、
何度か入るうちにサウナで汗をかく気持ち良さに気づき、
疲れるとサウナに入るのが習慣となったのでした。

鉛採掘の仕事をしている時などには
よくサウナに入って疲れてを流したものでした。

サウナとスポーツ・ジム

思いたったら即行動の私ですから、
サウナを探すためイエローページという分厚い電話帳を
めくっていたところ、
アパートの近くに一件サウナがあることが分かりました。

すぐに出かけていったのですが、
そこで出会ったサウナは、日本のそれとは決定的に違っていました。

サウナの施設の横にトレーニングルームが併設されていて、
20人ほどの男の人たちがトレーニングマシーンを
使って身体を鍛えていたのです。

今で言うところの「スポーツ・ジム」で、
当時は「健康クラブ」と呼ばれていました。

日本にあったサウナというのは、銭湯の延長で、
身体を鍛えるなどという発想はありませんでしたから
びっくりしたのです。

若い人はもちろんですが、
白髪のかなり年輩の方々までもが、
汗をかきながら身体を鍛えています。

誰一人私語はしていません。皆、真剣なのです。

当時アメリカでは、機械文明の恩恵を十分に受けて、
移動には車、建物の上がり下がりもエレベーター、
室内では冷暖房といった何不自由のない生活が広まっていました。

食事はハンバーガーやピザ、フライドチキン。

そんな状況に危機感を覚えた人たちが、
健康維持ために、身体を鍛えに来るのでした。

映画会社が作ったトレーニングマシーン

サウナを利用する人ならば誰でも
トレーニングルーム入ることができるので、
私もトレーニングマシーンを使ってみることにしました。

腕や太股、腹筋、背筋などそれぞれの部分を鍛える
トレーニングマシーンは、どれも日本にはありませんでした。

自分自身でトレーニングマシーンを
何台も使って効果のほどをみたのですが、
これまで意識しなかった部位の筋肉が刺激がされ、
大汗をかいたのでした。

こんな機械をどこの会社が作っているのだろうと、
後ろ側を見てみると「パラマウント」や「ユニバーサル」
のロゴマークがありました。

あの映画製作会社で有名なパラマウントとユニバーサルです。

読者のみなさんは、なぜ映画会社のロゴマークがついているのか?
と不思議に思われたことでしょうがこれには理由があるのです。

昔の多くの映画では、主演の俳優は映画出演が決まった段階から
身体を鍛え始め、撮影がスタートするころには
配役に相応しい筋肉美をかなり長い時間をかけて作り上げていたのです。

例えば「ベン・ハー」のチャールトン・ヘストンが
戦車を駆る場面をご想像していただければ分かると思います。

肉体美がなければあのシーンの迫力は半減していたことでしょう。

俳優たちは最初の頃は、走ったり、
腕立て伏せをしたりといった方法で鍛えていましたが、
時間の制約のあるなかで
筋肉を効率的に鍛えるためにはトレーニングマシーンを
用いるのが良かったのです。

映画俳優の身体を鍛えていたトレーニングマシーンが、
だんだんと一般の人の知るところとなり、
先に述べたようなアメリカの社会事情にもマッチして、
多くの人々が健康クラブに足を運んで、運動器具を利用したのでした。

日本でのスポーツ・ジムの事業展開を考える

私は直感的に
「これが自分の道につながるのではないか」と思いました。

白髪の方が運動している姿を見て、
私は父のことを思い出していました。

父が亡くなったのは49歳のことで、
もし生きていればこんな風に運動していたかもしれない
という考えが頭をよぎったのです。

父はもう帰ってきませんけれども、
日本の方々の健康に働きかけることができるかもしれない
と思いました。

その後、何度もその健康クラブに通い運営のスタイルを観察しました。

そして、何社かのトレーニングマシーンを使ってみて、
パラマウント社の製品が、日本人には合っていると感じました。

身体の広い部分を鍛えることができ、
健康促進の観点から優れていると思ったからです。

少し専門的なお話になりますがユニバーサル製の機械は、
特定の筋肉部分、例えば二の腕だけを鍛えるなど、
ボディ・ビルダーやアメフト選手と
いった運動のプロに向いているものが多かったように感じたのです。

これらの機械はどこで買えるのか
健康クラブのスタッフに聞いたところ
「シアーズ」というデパートを紹介してくれたのでした。

そしてもう一つ、アメリカの健康クラブで初めて見たのが、
ウオーキングマシーンでした。

歩くだけならどこでもできると最初は思っていましたが、
室内での運動ですし、手すりが付いているものもあり、
傾斜を付けて負荷を調整したりと、
これなら怪我のリハビリにも、
健康向上のためにも無理なく行えます。

いくつかの会社のなかから、
カリフォルニアのサンサプライ社が作っていた
ウオーキングマシーン(=ルイス・ウオーカー)を買い求めました。

サンサプライ社はもともとビーチパラソルや
海岸用のイスを作っていたアルミ製品加工の会社だったのですが、
社長のルイス・ランゴーさんが、
自分の健康維持のために開発した
手すりつきの自立歩行器を開発、販売し、成功した会社です。

アメリカでは1950年代にジェット機の事故が続き、
空軍が調査したところパイロットの心臓疾患に
原因があることが分かりました。

心肺機能の強化には有酸素運動が有効であると
ケネス・H・クーパー博士が提唱し、
エアロビクスが一大ブームとなったのです。

ルイスさんは、戦争で左足を負傷しており
室内でできるリハビリで、なおかつ心肺機能の向上が
できるウオーキングマシーンを数年がかりで開発したのでした。

このルイス・ウオーカーは傾斜の付いた回転ベルトを
自分の足で動かすのですが、
ローラーの軸受けに木材を使っています。

室内歩行運動機として非常に優れているのですが、
効果の秘密は軸受けの木にあり、
人間の身体に絶妙な負荷をかけるのです。

これなら運動不足を気にするどんな年代の人にも
使ってもらえると早速買い求めたのでした。

お客様の第一号は自分である

同じように見えるトレーニングマシーンにも、
製造会社によって色々と性格に違いがあります。

ひとつひとつ吟味した上で、
私自身も長く使いたいと思えるものを選びました。

これは、
「お客様の第一号は自分である」という考え方が根底にあります。

ビジネスを行っていると
どうしても自分本位の考え方になってしまいがちです。

「顧客視点」の重要性については、
多くの経営者の方が言及していますが、
ついつい「これならば売れそうだ」「利益はいくらだ」と
考えてしまうのです。

それはビジネスの罠でもあります。

販売側がトレーニングマシーンを吟味することは
非常に重要だと考えています。
健康器具は売れればそれば終わりという発想ではダメなのです。

売れて使ってもらって始めて意味を成すのです。
トレーニングマシーンは価格が安いものではありません。

ですから、お客様に商品をお勧めする際に、
自分自身や販売する社員が
「これは本当に良いものだ」と心から思えるものでなくてはいけません。

そのための吟味なのです。
商売の本質はこうしたところにあるように思います。

(次回へ続く)

(19)『日本の健康産業の第一人者』田中恒豊さんが語る 人生の成功法則:会社を育てるのは経営者ではなくお客様
本記事は 日本の健康産業の第一人者である 田中恒豊(たなかつねとよ)さん(故人)への 2014年頃からの長期インタビュー(インタビュー当時80歳代) を書き起こしたものです。 田中さんは、戦後の大きな時代変化のなかで、 日本...

 

タイトルとURLをコピーしました