(17)『日本の健康産業の第一人者』田中恒豊さんが語る 人生の成功法則:自分の「道」を見つけるには(2)

『日本の健康産業の第一人者』が語る 人生の成功法則

本記事は
日本の健康産業の第一人者である
田中恒豊(たなかつねとよ)さん(故人)への
2014年頃からの長期インタビュー(インタビュー当時80歳代)
を書き起こしたものです。

田中さんは、戦後の大きな時代変化のなかで、
日本で初めてのフィットネスクラブを設立された方で
「日本の健康産業の第一人者」として知られています。

今回はアメリカでのビジネスの考察について述べられています。

時代背景などもお含みのうえ、お読みいただければ幸いです。

現在、大きな変化の時代を迎えていますが、
時代が動くときに、どのような判断を行うべきかといった
考察の参考になると考え、
ご関係者の方のご了解を得まして、記事を掲載いたしております。

毎週土曜日に更新の予定です。

アメリカでお弁当屋さん開業を考える

私は早速アパートを借り、引っ越しをしました。

日本でアパートというと四畳半とか三畳一間とかを想像しますが、
アメリカのアパートはかなり広いのです。

リビングだけでも30畳以上ある部屋を借りたのですが、
意図としては、広い部屋に住む
アメリカ人の生活観を理解したかったからです。

ロサンゼルスの街を改めて一人で歩いていますと
「あること」に気が付きました。

日本にあるようなお弁当屋さんが一軒もないのです。

外食するようなところはあってもお弁当はありません。
見ていると昼食はコーヒーショップのようなところで
サンドイッチやハンバーガーなどで簡単に済ませています。

大きなチョコレートバーをかじって昼食代わりにしている人もいました。

日本にあってアメリカにないものを試してみれば
ビジネスとして成功できるのではないかと考えた私は、
お弁当屋さんの事業計画を考えました。

外国では難しい事業化までの道のり

まずはお弁当の文化を知っている日本人留学生を
お客さんにできないかと思い
どのくらいの日本人がいるのか調べるところから始めました。

昭和38年(1963年)当時、
ロサンゼルスには日本からの留学生が700人ほどいました。

留学生に聞くと「日本の味が恋しい」、
「弁当屋があれば便利だ」と口々に言うわけです。
これは「いけるかもしれない」と思いました。

そして、食品を扱うことですからまずは保健所に行って、
開業するにはどうしたらいいか尋ねたのでした。

ところがお弁当を扱うには大変条件が厳しいのです。
まずお弁当を運ぶための車は保冷車でなくてはならない。

調理をする施設も、外界とは完全に隔離される工場のような
ところでなくてはダメで、
なおかつスプリンクラーもなくてはいけないと言われました。

「スプリンクラー」という単語をその時に聞くまで、
その存在を知りませんでした。

もちろん日本でも見たことも聞いたこともありません。

それはそれとして、
弁当屋を開設するための設備見積もりをとったところ
額が一桁間違っているのではないかと思ったほどお金がかかるのです。

これでは、投資金額が回収できるまで何年かかるか分かりません。
それでお弁当屋さん開業はあきらめたのです。

清掃事業の計画段階で問われた責任、そして経営

次に目を付けたのが、ロサンゼルスのビル群でした。

当時の日本とは違いアメリカでは巨大なビルがたくさん立ち並んでおり、
事務所ばかりが入るビジネスコートが広がっていました。

日本人が几帳面で綺麗好きなのは今も昔も変わらないことです。

留学生とのコネクションもできておりましたので、
学生さんたちを雇って掃除会社ができないかと考えたのです。

役所に開業手順を聞きに行くと、
今度は途中までとんとん拍子で進んだのですが、
最後になって「掃除を請け負う先の事務所でものが紛失したら誰が責任をとるのだ」
という話になりました。

「もちろん私です」と言うと
「責任者はアメリカ国籍のある者でなくてはならない」と。

現地で友達になったアメリカ人に
「君が社長をやってくれないか?」と相談をしたのですが
「社長があなただから、日本人留学生が付いてくるのではないか?
私では経営は難しいのではないか」と言うのです。

彼の言うとおり会社の経営はそんなに簡単なものではないことは
感覚的に分かっていましたので、なるほど一理あると、
ここでも起業をあきらめたのでした。

(次回へ続く)

(18)『日本の健康産業の第一人者』田中恒豊さんが語る 人生の成功法則:「お客様の第一号は自分である」
本記事は 日本の健康産業の第一人者である 田中恒豊(たなかつねとよ)さん(故人)への 2014年頃からの長期インタビュー(インタビュー当時80歳代) を書き起こしたものです。 田中さんは、戦後の大きな時代変化のなかで、 日本...
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