今回は、不良少年を辞めた田中さんが、
友人の紹介で政治家の手伝いをするようになったきっかけについて
述べています。
時代背景などもお含みのうえ、お読みいただければ幸いです。
現在、大きな変化の時代を迎えていますが、
時代が動くときに、どのような判断を行うべきかといった
考察の参考になると考え、
ご関係者の方のご了解を得まして、記事を掲載いたしております。
不良少年と政治家
私が不良少年をやめるという話は、仲間内ですぐに広がりました。
多くの仲間たちは反対しましたが、
私の意志が固いと分かると、それ以上何か言うようなことはありませんでした。
事務所で、不良少年時代の仕事の後始末ををしていると、
ひとりの少年が顔を出しました。
「兄い、不良をやめるというのは本当ですか?」
と言うのです。
その少年は父親が大手新聞社の役員をしており、
彼自身もなかなかの胆の座った好人物でした。
一緒に色々なことをし、笑いあった仲間のひとりです。
「そうだよ。もうやめる。お前も達者でやってくれよ」と言うと、
「兄いが堅気になることについて、私は何も言うことはありません。
でも堅気になって何をするんですか?」
実は不良少年をやめることは決めていましたが、
その後に何をしていくのかはぼんやりとしたことしか頭になかったのです。
「それはこれから落ち着いてから考えることにするよ」
「そうですか。しかし、これから世の中に出て行くならば、
どんな仕事をするにしても、政治家という生き物を知っておいたほうが良いですよ。
兄いにはこれまでお世話になりましたから、新しい門出に際して、ご恩返しをさせていただきたいと思っています。
政治家をひとり紹介させていただきたいのですが、いかがですか」
私はそれまで政治というものには全く関心がありませんでした。
新聞を読んでいて政治の話題が出てきても
所詮、違う世界の出来事と思っていましたし、
生きていく上で政治家を知る必要など感じたこともありませんでした。
けれども仲間が、
私のためと思って言ってくれていることは分かりましたので
話を聞くことにしたのです。
「それでどなたを紹介してくれる?」
「竹内克己という方を紹介します。
さっぱりとしたこだわりのない人ですし、兄いとは気が合うと思いますよ。
竹内先生には、兄いのことを私の友人のひとりで、
起業を考えているということだけ伝えるつもりです。
なに大丈夫ですよ。兄いは品の良さがあるから、
背広をきちっと着て、車に乗っていけば誰も不良少年だとは思いません」
誰も政治家を紹介してくれなどと言ってもいないのですが、
不思議な成り行きで竹内克己という人とお会いすることとなったのでした。
後に分かるのですが、竹内克己代議士は京都大学を卒業して、
日本社会党の創立委員として知られた政治家です。
日本社会党というのは、
現在の社民党の前身となる政党で、
その頃は、与党第一党が自民党、野党第一党日本社会党。
勢いのある政党の有力な議員だったのです。
そしてお話の冒頭に述べた
交詢社クラブで引き合わせてくれるということになりました。
政治家の集まる場所
その日はスーツを着て、
久しぶりに銀座の街を歩きました。
晴れた冬の空気は澄んでいてすがすがしく、
交詢社ビルの前にも人通りがたくさんありました。
銀座の街は戦争前の活気を取り戻していていたのです。
交詢社クラブのビルは外から見てよく知っていましたが、
入るのはその時が初めてでした。
建物の一階にあるクラブに入ると、
一番奥の席に、後に総理大臣となる岸信介さんが
座ってコーヒーを飲んでいました。
岸さんはご存じの通り、
高度経済成長期に総理大臣を務める佐藤栄作さんのお兄さんで
「昭和の怪物」と呼ばれた人でした。
ぎょろっとした大きな目が何を考えているのか
分からないような人だなという印象でした。
入り口の近くでは、痩身の古武士を思わせる眼鏡をかけた
初老の男がハムエッグを食べていました。
その後何度も交詢社に通いましたが、
よくハムエッグをつついていたように思います。
その人の正体が、よく知られた大物だということが分かるのはまだ先のことでした。
ほかにも何人も新聞で見たことのある政治家たちがたくさんいて、
「交詢社クラブとはなんともすごいところだな」と思ったものです。
竹内先生はというと、
少しくたびれたスーツを着ていて小太りで、
代議士というよりは、
自分で現場に出向くようなタイプの新聞記者のような雰囲気でした。
後で聞くと、元々は大きな新聞社の記者をしていて、
取材のために海外も飛び回っていたということでした。
先生は前のスクリーンに投影されるニュースを時折見ながら、
新聞を何誌もすごい勢いで読んでいました。
「竹内先生。先日お伝えしたご紹介したい方をお連れしました。
田中さん、こちらが竹内先生です」。
それからふたりで簡単な自己紹介などをして、
コーヒーを飲みながら雑談をしていると、やや高い声で、
「田中さんは起業を志しているとうかがいましたが、
もし昼間にお時間があるようでしたら、
私の仕事を手伝っていただけませんか?
どうにも手が足りなくて困っているのですが、
政治家というのは裏も表もある仕事ですから、
おいそれと誰にでも手伝ってもらえようなものではないのです。
失礼な言い方ですが、田中さんは大変落ち着いていらっしゃるし、
信頼できそうだ。しばらくの間で結構ですので」
政治家を紹介してもらうということだけだと
思っていたのですが、竹内先生からの提案で、
しばらくお手伝いをすることになったのです。
つい先日まで不良少年をしていた私が、
政治家の手伝いをするとは、思えば不思議なご縁です。
天が意図する「出会い」を引き寄せるのは素直な心
人生の節目に人との出会いがあることに気が付いたのは
80歳の年を迎えてからのことです。
天が意図しない出会いはないそうです。
私が竹内先生のお手伝いをすることとなったのも、
偶然ではなかったのだと今は思います。
しかし、こうした出会いを引き寄せるのは
自分自身に素直な心がなくてはいけないと感じています。
たとえば、政治家を紹介すると言われた時に、
「そんなもの必要ない」と私が考えていれば
この時の出会いにはつながらなかったでしょう。
皆さんに是非お勧めしたいことは、
どなたから「人を紹介したい」と言われたときには、
どんな方でも一度会ってみるということです。
人のご縁はとにかく不思議なものです。
ひょんなことから人生を変える出会いがあるものなのです。
そのために、日ごろから素直な心を大切にしてみてください。
(次回へ続く)