(8)『日本の健康産業の第一人者』田中恒豊さんが語る 人生の成功法則:裏社会に学ぶお金儲けの極意

『日本の健康産業の第一人者』が語る 人生の成功法則

本記事は
日本の健康産業の第一人者である
田中恒豊(たなかつねとよ)さん(故人)への
2014年頃からの長期インタビュー(インタビュー当時80歳代)
を書き起こしたものです。

田中さんは、戦後の大きな時代変化のなかで、
日本で初めてのフィットネスクラブを設立された方で
「日本の健康産業の第一人者」として知られています。

今回は、戦後、神田で不良少年となった田中さんが
感じたことを中心に書いています。

時代背景などもお含みのうえ、お読みいただければ幸いです。

現在、大きな変化の時代を迎えていますが、
時代が動くときに、どのような判断を行うべきかといった
考察の参考になると考え、
ご関係者の方のご了解を得まして、記事を掲載いたしております。

毎週土曜日に更新の予定です。

裏社会に学ぶお金儲けの極意

私に「神田のボーヤ」の異名が定着した頃には
「パチンコの景品買い」という商売をやり始めました。

パチンコ屋で、お客さんが玉を取ると、
カミソリを束にしたものと交換してくれます。

それを私のところの仲間が買い取ります。
買い取ったカミソリの束は、
裏口からパチンコ屋に持って行ってお金をもらうという具合です。

ほんの少しのの利ざやを稼ぐのが景品買いです。
少額ですが続けていくと金額は積上がっていくのです。
今はもちろんこんなことはできません。
戦後の混乱期の出来事とお考えください。

パチンコの景品買いの良いところは元手が全くいらないところで、
仲間に「カミソリ買い取ります」と書いた看板を持たせて、
パチンコ屋の玄関で待っていてもらえばいいわけでこれが大変儲かりました。

どうしてこんな仕事(?)を行ったかというと、

ある親分が
「お前がこれから生きていく上で、
ひとつだけ教えておいてやろう」と言ったのです。

「人が生きていく上では、何より水が大切なのは分かるだろう。
しかし、多ければいいかというとそうではない。
水は大量にはいらない。
だから少しの水が絶えず湧いてくる井戸を掘ることだ」

初めて聞いたときには
「なんだかなぞなぞのような言葉だな」
と思ったものです。

その親分はそれ以上のことは何も言いませんでしたけれども、
私なりの解釈をすれば、
お金儲けの極意は

「ごく少額の利益で良いので、
毎日毎日積み重なるようなシステムを構築すること」

であると考えました。

景品交換買いの1度の売買利潤は大きなものではありませんが、毎日必ずお金が入ります。

少額でも毎日のことですから、
積もり積もって結局は大きな金額となったのです。

非常事態でもギャンブルを求める人が大勢いた

パチンコの景品買いと同じくらい儲かったのが、
神田の鎌倉河岸に事務所を借りて行った場外馬券場の胴元運営です。
これも戦後の混乱期の話とお考えいただければと思います。

日本の競馬は1943年(昭和18年)に
太平洋戦争の戦局悪化に伴い中止されましたが、
1944年(昭和19年)には「能力検定競争」
という名目で京都と東京で実施されています。

戦争中という非常事態でもギャンブルを求める人が大勢いたのです。

戦争後にはすぐに日本各地で闇競馬が行われるようになりました。

闇競馬は博徒による脱法興業でしたが
取り締まりの目をかいくぐって盛んに行われました。

なかには進駐軍が中心となって開催されたものもあったのです。

1946年に地方競馬法が公布されて、公認の競馬が再開しました。

私が場外馬券条の胴元をはじめたのは
1950年(昭和25年)頃のことです。

「場外馬券場」と看板を出して、
競馬新聞のレース結果を張り出しておくと、
お客さんが馬券を買いに来て、利潤を出していました。

ここで、お伝えしたいのは次のことです。

ギャンブルというのは
お客さんが儲かると、胴元は損をするので大変ですけれども、
当たる人はまずいないということです。

お客さんの運否天賦は関係ありません。
ギャンブルというのは元来そういう風にできているものなのです。

ですから、ギャンブルでお客さん側が儲けようという発想は
根本から間違っていると考えています。

馬券の本当の胴元は政府ですから、
馬券が崩れるような運営は万が一にもないのです。

儲けたお金で買った「お墓」とお金の本質

ふたつの仕事のお陰で私の手元にはお金がたくさん入ってきました。

そのお金を何に使ったかというと、
一番最初に多磨霊園にお墓を買いました。

父の遺骨を早くどこかに納めたいと考えていたからです。

そして私自身もいつ死んでも良い覚悟で日々を送っていましたから、
いずれ納まるべき場所を求めたのでした。

仲間たちにはずいぶん驚かれ、
侠客の親分さんたちからは、
「さすがは田中だ」と言われたものですが、
私としては至って普通のことをしたまででした。

しかし、墓地の代金の支払いが終わり、
墓に行ってみると二畳ほどの空き地があるだけで墓石がありません。

墓地を売ってくれた業者に
「墓を買ったはずなのに何もないのはどういうわけか」と言うと

「確かに墓地はお買い求めいただきましたが、
墓石も買っていただかないと」

と言われたのにはびっくりすると同時に、
この商売の本質を見た気がしました。

その後も稼業は順調で、20歳になる前に、
かなりの収入を得ていたのです。

たくさんのお金を手にしたことで分かったこともありました。

それは

「お金は所詮、お金に過ぎない。それ以上でもそれ以下でもない」

ということです。

お金があると何でも買える、
何でもできると、自分がまるで偉くなったような気分になりますが、
それは幻想にすぎないことにふと気が付きました。

人間の値打ちはお金とは関係がないのです。

ところで、ある時に、とある親分から

「お金を山ほど積んでも動かない人間がこの世の中に沢山いる。
その人間たちを動かすにはどうしたらいいか。今から考えておくことだ」

と言われたことがありました。

その言葉にはハッとさせられました。
まさに自分がそうだったからです。

お金を持っているからこそ「お金で動かない人間が現実にいる」
ことにも気が付き、何年もそのテーマについて考えたものです。

どんな人がお金を積まれても動かない人でしょうか。

お金をたくさん持っている人がそうかもしれません。
お金を持っていない人でもそんな人がいるかもしれません。
それはプライドの高い人でしょうか。特殊な人でしょうか。

対象を考えるだけでも興味深いテーマでした。

「お金で動かない人を動かすことができるか」。
その答えが見つかったのは、
私が健康クラブを経営する頃なのですが、
そのお話は後ほど語ることといたしましょう。

(次回へ続く)

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