「イノベーション」という言葉を聞くと、
多くの方が「新技術」「技術革新」と連想されないでしょうか。
しかし、本来のイノベーションという言葉は「新結合」を意味します。
実は、イノベーションは「技術である」という誤解が、
長年、日本企業にとっての「ガラスの天井」となっていて、
新しい価値に結びつく発想の阻害要因となってきました。
「イノベーション」を「技術革新」と考えてしまうと、
「思考が技術の枠」に囚われて、技術にばかり目がいってしまいます。
企業として新しい価値が生み出せる状況にあるにも関わらず、
技術の視点に囚われてしまうことで、
発想が限られてしまう可能性が高くなるからです。
「うちの会社はイノベーションが起こせるほど技術力がない」
とよく聞かれる言葉が、問題の根深さを表しています。
イノベーション」の定義を考える
「イノベーション」という言葉は、
経済学者のシュンペーターが、
著書『経済発展の理論(Theorie der Wirtschaftlichen Entwicklung)』で
概念や重要性を説きました。
シュンペーターは「イノベーション」を5つに分けて定義しています。
(2)新生産方法の導入(プロセス・イノベーション)
(3)新マーケットの開拓(マーケット・イノベーション)
(4)新たな資源(の供給源)の獲得(サプライチェーン・イノベーション)
(5)組織の改革(組織イノベーション)
シュンペーターの定義からも「技術革新」=「イノベーション」とするのは、
イノベーションをごく限られた範囲で捉えてしまうことになることが分かります。
「イノベーション」を「技術革新」と訳したのは、経済系の新聞社だと言われています。
その翻訳は、
「(1)創造的活動による新製品開発(プロダクト・イノベーション)」
を主軸に捉えたものだったようですが、
その後、この限定的な捉え方が広がってしまい
イノベーションというと技術とイメージ付けられるようになってしまいました。
しかし、イノベーションの本質を考えると、
(2)~(5)についても、考えていくことが新しい価値を創造するうえでは
重要なことだといえます。
たとえば、近年「働き方改革」や「副業の解禁」が注目を集めていますが、
(5)組織の改革(組織イノベーション)と言えます。
ほかにも、「サービス」の面で「新結合」を行い
新しい価値を生み出すということが行われていますが、
これもイノベーションの最たるものと言えます。
「技術革新」だと考えるとなぜダメなのか
企業が新しい領域への挑戦を行ううえでは最も大切なことは
「顧客にとって価値があるものやサービスを提供する」ことです。
顧客にとって新しい価値を提供するためには、
必ずしも新しい技術が必要なわけではありません。
自社の技術と、何かしらのサービスを組み合わせて、
新しい価値が提供できれば
それが「イノベーション」となります。
繰り返しになりますが、
技術の枠に囚われてしまうと、スタートの段階から無意識に
発想を限定してしまい新しい価値を生み出す可能性を大きく減らしてしまいます。
また、技術の視点だけで考えてしまえば、必然的に開発コストがかかります。
もしかすると、技術ではなく別のものと組み合わせることで、
開発コストがゼロで、同じ価値ある製品やサービスを生み出せるかもしれません。
技術ではない「新結合」の事例2つ紹介
ここから、「技術」の要素を組み合わせていない
「イノベーション=新結合」ということが理解できる事例を2つご紹介します。
コンビニ
コンビニエンスストアは、24時間営業を特徴とした
食品や日用雑貨を扱う小売り販売が基本のビジネスです。
当初は、スーパーマーケットの延長でしたが、
そこに、コピー機が設置され、小売り以外のサービスを展開していきます。
大きな転機となったのは、コンビニ内にATMが設置されたことです。
郵便局や銀行に行かなくても、振込や引き出しができるようになりました。
荷物の配送や受取、公共料金の支払いといった対応も行うようになり、
今やコンビニは生活インフラの一部となりました。
また、おでんや肉まん、揚げ物類が温かいまま持ち帰れたり、
近年では、本格的なコーヒーを安価で提供しており、専門店の脅威にもなっています。
このようにコンビニでは、
「小売店」+「サービス」の結合を積極的に行っており、
それが新しい価値の創造につながっています。
お分かりのように、コンビにでは、新しい技術が伴うようなことは
ほとんど行っていません。
しかも、銀行や喫茶店が行っている
「よく知られている」サービスを組み合わせています。
驚くほど新しいことを行っているわけではないのですが、
新しい価値の創造につながっていることが、注目すべきポイントとなります。
ヤマト運輸
宅急便で知られるヤマト運輸は、
「電話1本で集荷・1個でも家庭へ集荷・翌日配達・運賃は安くて明瞭・荷造りが簡単」
をコンセプトに、宅配業界を常にリードしてきました。
このコンセプトは現在では当たり前の価値観ですが、
1970年代頃までの宅配業界は、
荷物を集配所まで自分で運び、荷造りも行わなくてはならず、
しかも、配達日もいつになるか分からないという状況でした。
背景には物流事情があります。
かつて物流業界のメインとなっていたのは、企業向けの大量運送でした。
個人を対象にした宅配事業は、手間ばかりかかり儲からないと考えられていたのです。
ヤマト運輸は、小さな荷物の宅配を集めて、
大きな物流の「流れ」として捉えられれば勝機があると考えます。
そして、試行錯誤の末に
「電話1本で集荷・1個でも家庭へ集荷・翌日配達・運賃は安くて明瞭・荷造りが簡単」のコンセプトに到達します。
その後も、荷物の送り側視点に立った「冷蔵便」、「ゴルフ便」などのサービス。
荷物の受け取り側の視点に立った「配達日指定」「受取場所指定」といったサービスを
展開しています。
こちらの例も
「宅急便」+「サービス」という組み合わせで、
新しい価値を生み出していることが分かります。
ヤマト運輸の場合、新しいサービスを生み出す視点は、
顧客視点の要素が強いと言えるでしょう。
まとめ:自社の強みと、何かの「結合」を考える
ご自分の所属する会社や、
あるいはご自身の強みや基本となるビジネスに、
何かを新しいものを組み合わせたときに
新しい価値を生み出すことができる可能性が高くなります。
新しい商品や事業、イノベーションを考えるうえで、
技術だけではなく、サービスや物流、あるいは組織体制も含めると、
新しい価値につながっていきます。
日々の業務がローテーション的であっても、
イノベーションが新結合だという意識があると、
ちょっとしたことにも新しい取り組みを加え、
大きな価値を創出できる可能性が出てきます。
イノベーションは、経済活動に携わっている方であれば、
どなたでも重要な視点かと思います。
本記事をきっかけにご自身にとってのイノベーションを考えていただく
きっかけとしていただければ幸いです。
本日は最後までお読みいただきましてありがとうございました。
補足
イノベーションと誤解されやすい言葉に「インベンション」がなりますが、
どういった点が異なるのかについて、下記で解説いたしましたので、
ご参考いただければ幸いです。
参考になる書籍の紹介
シュンペーターのイノベーション理論の基礎となる
『経済発展の理論』の初版を新たに翻訳されたものが
日経BPから2020年5月に刊行されています。
岩波書店のものは、翻訳が古い印象で
読みにくい部分がありますが、
下記にご紹介する日経BP版は、すっと頭に入ってくるのでお勧めです。
新結合の本質については第二章で詳しく語られています。
シュンペーターの理論ははじめてという方にも、その思想の中核が感じられる一冊。
是非ご一読いただければ幸いです。
コメント
[…] 「新規事業の第一歩:イノベーションは「技術革新」ではなく「新結合」」 […]